先日沖縄の離島に行ってきた。
今回は過去に旅先で出会って今でも繋がりのある方々と相談して決めた旅で、旅先で落ち合うことを約束していくつかの宿で合流して一緒に旅を楽しんだ。
旅先では当然新しい出会いもあって、同行した彼らも一緒に宿で遅くまでみんなで飲んだりして、また旅先でのご縁が広がって嬉しいと思っていたら、今回は広がらなかった。正確には、自分だけが除外されてしまった。
旅先で出会って仲良くなった方々とはインスタなりLINEなりを交換することがあって、夜にみんなで飲んで仲良くなって、その日の解散するときや翌朝出発する前なんかになんとなく声をかけあう事が多いと思う。
そのやりとりが、その日の宿泊者のうち僕だけが居ない瞬間に、僕を除いた他の全員で行われたことを後で知った。
そのことを後で聞いたとき「え、そうなんですか?」と言った僕に「タイミングの問題で、別にあなたをわざわざ外したわけじゃない」と知人達は言うし、確かにそこに大した理由は無いんだと思う。
でも、旅行後にアップされた知人達のインスタのコメント欄のやり取りを見ると、自分だけが外れていることを見せつけられるし、その輪に僕が居ないことが彼らにとって大したことではないのだと思い知らされる。
その事実はその集団での僕への評価や関心の強さと一致していて、要は自分が人から関心を持たれない側の人間になったんだなという現実は間違いなくあって、あきらかに驕っていたと思うけど、それにある程度凹む。
単純に年齢に依るところが一番大きいとは思うけど、僕の立ち振舞が我知らず誰かに嫌な思いをさせていたのかもしれなくて、もしそうだとして自分がそれに気づけていなかったとすればもっと凹む。
普段は海外に行ってる勢がコロナの影響で海外に行けず沖縄になだれ込んでいて、離島のゲストハウスの雰囲気も様変わりして、端的に言えばどんどんパリピ仕様になっている中で、自分の年齢とキャラクターも相まって、その中に僕の価値が存在しないのも当然っちゃ当然かもしれない。
逆に考えると僕自身もそういう、人との出会いのようなものを目的として期待する人間になってしまっていたのだと思うから、明らかな勘違いと過度の期待を自戒して、陰キャ・コミュ障・非モテおっさんとして認識を改める必要がある。
沖縄離島は自分を癒すための場所だから、上記を考慮に入れて自分が傷んでしまうものとは適度な距離を持ちつつまた楽しめるように、色んなことを受け入れて、整理を進めなければ、と思った。