一つ前で書いた、相談をしてくる女性のインスタを結局ブロックしてしまいました。
LINEも交換はしてるけど連絡は基本インスタのDMでやっていたので、事実上彼女と連絡をすることはもう無いだろうと思います。
会いたい、と言ってくれた言葉を無邪気に信じていたし、会って話すことが彼女の抱える色んな事情の解決に少しでも寄与しているとそのときは思っていたし、単純に僕もその人に会いたい気持ちはあったから、バタバタでも、少しでも会って話しますか?という打診をしたところ、答えはNOでした。
そして、話すたびに辻褄の合わなくなっていく言い訳は、恐らく考えて用意したものが時間が経つにつれひたすら綻び続けていて、それをもう隠すことさえせず、結局本当の理由は語られることはなく、まるでしつこい男を穏便に断る口上のように僕には響きました。
今になって考えると、今回のように僕の都合をリアルタイムに直接左右するレベルでそれを目の当たりにすることがなかったから気づかなかっただけで、たぶんこれまでもそうだったのかもしれない、と思い当たりました。
そういえば事前の約束は一度も守られたことはなく、会えたのはいずれもいきなり連絡が来てそれに僕が応えられる状況だけだったような気がする、ってことも。
一つ前に心のセフレ、という言葉で表現したけどそれさえ自己評価が過大で、落ち込んだときにかまってくれる暇つぶしくらいのものだったであろうこと、そして今回案内してくれると申し出てくれたことも、ほんとは最初から、最終的にはうまく断るつもりだったのではないか、という邪推に行き着いてしまったとき、なんだかぷっつりと糸が切れてしまって、ぽちぽちっとあっさりブロックしてしまってました。
でもやはりブロックしてからも気にはなって、少し経ってから彼女のアカウントを見にいったら、これまでアイコンが僕の撮った写真だったのですがそれが早速違うものと差し替えられ、そして向こうからも既にブロックされていました。
ブロックに関しては先に無言でブロックした僕が完全に悪いのは明白で、されたほうは結構衝撃を受けるから怒って当然なんだけど。
それでも、すごく身勝手な言い分だけどたぶん僕は、ブロックしたことで彼女にそれを悲しんでほしかったんだと思います。でも、悲しかったかどうかを確かめる権利も術も僕には最初からなくて、そしてたぶんそれは叶っていないだろうと思います。
たぶん最初から僕という存在そのものにはそれほどの興味はなく、僕の好意はずっと消費され続けていただけだったという可能性にすごく凹みます。
ブロックして以降は当然だけど全く話はできていないから、全部雰囲気からの邪推で、邪推で凹み続けてるオレってなんなんだよって思うけど、それでも、いいように利用され続けることに甘んじるよりはよかったのか、悪かったのか、なんかもうよくわからないです。
いやそもそもどういう関係が僕の理想の形たりえたのかももうわかんない。恋愛関係でもない以上彼氏や他の楽しいことを優先するのは当たり前だし。じゃあなんだったんだと。
かろうじて言葉にするとすればたぶん、せめて僕に誠実であってほしかったのかもしれません。どこまでが嘘で、どこまでは本当だったのか知りたい。
でもそれを問いただす権利もたぶん最初からもっていないから、最初から負け戦と言うか、おっさんは黙って若い子に消費されるしかないのかな。
いい歳してなにやってんのかな、と心底思っています。
でもこんな豆腐メンタルでこの先大丈夫か、と思い続けて、はや半世紀近く生きています。
もうこれで生きていこうと思います。